【京都】陰陽道の天才・安倍晴明ゆかりの寺「真正極楽寺」

京都府にある真正極楽寺は伝説の陰陽師・安倍晴明にゆかりのある寺。怨霊騒ぎで荒れ果てた京の都を立て直した陰陽道にゆかりのあるスポットでもあります。「本当の極楽はここである」という意味から付けられた真正極楽寺について今回ご紹介しようと思います。

真正極楽寺とは

三重塔

三重塔

真正極楽寺とは、「極楽寺という寺は多いけれど、こここそが正真正銘の極楽の寺である」という意味。一般には「真如堂」と呼ばれていますが、それはもともとは本堂の呼び名でした。
今から、約1千年前の永観2年(984)、比叡山の戒算上人かいさんしょうにんが、比叡山常行堂のご本尊阿弥陀如来(慈覚大師作)を東三條女院(藤原詮子。円融天皇の女御・一條天皇の御母)の離宮があった現在の地に移して安置したのが、真如堂の始まりです。
本堂

本堂

ここが本当の極楽であるという意味から付けられたといわれる真正極楽寺(しんしょうごくらくじ)。
はじまりは平安時代中頃といわれています。
1693年(元禄6年)から1717年(享保2年)にかけての建立。

 「真如堂」の額は1726年(享保11年)、宝鏡寺宮からの寄進されたもの。

 徳川五代将軍綱吉と桂昌院によって寄進された宮殿の中には、本尊阿弥陀如来、安倍晴明の念持仏といわれる不動明王、千手観音が祀られている。

応仁の乱で一度崩壊してしまった真正極楽寺の本堂は江戸時代に改めて造られました。
本尊の阿弥陀如来は当時としては非常に珍しい立像のもので、
木造による阿弥陀立像としては日本最古のものになります。
「うなずきの阿弥陀」ともいわれ、修行者のために力を貸してほしいと願うと首を横に振り、
衆生のために力を貸してほしいと願うと首を縦に振り頷いたという伝説から生まれました。

陰陽師・安倍晴明ゆかりの寺

安倍晴明

安倍晴明

平安時代の平均寿命は30歳ぐらいといわれていますが、晴明は85歳まで生きたといわれ、その死後直後にはすでにおとぎ話などの伝説になるほどの人物でした。現在でも小説やサブカルチャーなどで人気の人物です。
いまや雅で華やかなイメージがありますが、京都は平安の時代から怨霊や物怪が出没し、天皇や皇族が恐れおののく都でした。 底知れぬ闇を抱えた平安王朝では、呪術・占術を駆使して怨霊を退治し人の生死を操作した陰陽師たちが活躍しました。 なかでも、安倍晴明は恐るべき呪力を発揮した天才陰陽師で、関白・藤原道長に重用されました。 その安倍晴明の呪力と奇跡を伝える名刹が真如堂なのです。 
当時の京の都は菅原道真や崇徳上皇などの怨霊による呪いで荒れ果てたといわれ、
それを治めるために陰陽道が使用されました。
陰陽道は建物を建てる場所やでかける際のルート、
果ては爪を切る日や髪を洗う時に向く方角まで決めたとされています。
結定往生之秘印

結定往生之秘印

木・火・土・金・水の五元素を図式化した五芒星は陰陽道を象徴する紋として有名です。
キキョウの花に似ていることから「晴明桔梗」とよばれることもあり、晴明神社などの安倍晴明にゆかりのある場所で多く見かけます。
「決定往生之印」は、晴明が蘇生の際に、閻魔王から
『是は我が秘印にして、現世には横死の難を救い、
未来にはこの印鑑を持ち来る亡者決定往生の秘印なり』
と言われ授かったもの。
真如堂宝物に『安倍晴明蘇生之図』という極彩色の大きな絵画と夏みかんぐらいの大きさの自然石に星型を陰刻した“五芒星の印判”があります。
これは、安倍晴明が冥界に赴き、閻魔王庁の王、閻魔大王から娑婆に帰ったなら衆生を救済することに使うようにと拝領した印鑑と印鑑を受取る場面をこの世に戻ってから晴明が絵師に描かせたのだといいます。
真正極楽寺は晴明ゆかりの品も多く収められています。
中でも有名なのが五芒星をかたどった「決定往生之印」で、これを持っていれば必ず極楽に行けるといわれています。

紅葉の人気スポット

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紅葉の美しい寺として、近年、多くの方にお参りいただくようになった真如堂。
 秋の紅葉シーズンになると驚くほどたくさんの方がお越しになりますが、それ以外の季節は、お参りや散策、犬の散歩の人が往来する、静かなお寺です。
秋になると美しい紅葉が咲き誇ります。
京都の紅葉の人気スポットでもあり、紅く染まる美しい紅葉はまさに極楽といえるでしょう。

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