八坂神社に祀る神話が祇園祭へと繋がっていく!京都神話道へ

京都の祇園祭は日本を代表するお祭りとして有名です。ただ、知っているけど行ったことない人や、祇園祭の始まりは知らないという人も多いのではないでしょうか。そこで、思わず「へえ~」と言いたくなるような祇園祭の由来など京都の魅力満載のエピソードをご紹介します。

京都八坂神社から始まる物語

京都八坂神社

京都八坂神社

実は祇園祭には奥の深い神話が隠されています。
そこには、京都の八坂神社に祀られている神様に深いつながりがあります。
八坂神社は、「祇園社」「祇園感神院」という名前で呼ばれていました。
その理由は、八坂神社の歴史の中には古くから京都祇園精舎の守護神「牛頭天王」の存在があったからです。
牛頭天王の神格についてはさまざまな説があり、江戸時代から明治時代にかけて復古神道の影響下で主張されたスサノオ・朝鮮半島起源説が知られるが、神仏分離と国家神道の政治的な影響が大きいともいわれ、定説は確立していない
牛頭天王は元々はインドの守護神で、疾病を鎮める神様と言われています。
頭の上に黄牛の頭をつけ、鋭い角を持ったたくましい姿です。
1871年(明治4年)に神仏分離がされ今の「八坂神社」と改称されました。
現在の八坂神社に祀られている神様は、スサノオノミコト、クシイナダヒメノミコト、ヤハシラノミコガミです。

「牛頭天王」は?と疑問に感じる人もいるのではないでしょうか?
実は、「牛頭天王」と「スサノオノミコト」は、年月を経て一体視されるようになったのです。

八坂神社とスサノオノミコト

スサノオノミコト

スサノオノミコト

日本の森羅万象のすべては、イザナキとイザナミ神夫婦の「国生み」「神生み」により生まれました。日本の神話はここから始まります。スサノオノミコトの両親はイザナキとイザナミです。
イザナキは黄泉の国に行ってしまったイザナミが恋しくなり追いかけて行くのですが、
変わり果てたイザナミの姿を見て逃げ出してしまいます。
黄泉の国から戻ったイザナキは汚れてしまった身体を清めるために禊祓いを行いました。
左目を洗った時に生まれたのがアマテラス、右目を洗った時に生まれたのがツクヨミ、
鼻を洗った時に生まれたのがスサノオです。
父 イザナギ(伊弉諾、伊邪那岐、伊耶那岐)
母 イザナミ(伊弉冉、伊邪那美、伊耶那美、伊弉弥)(日本書紀でのみ、古事記では誕生に関与していない)
三貴子(イザナギ自身が自らの生んだ諸神の中で最も貴いとしたアマテラスを含む三姉弟の神)
弟 ツクヨミ(月夜見尊、月読命)(記紀に性別についての記述がなく実際は性別不明)
弟 スサノオ(建素戔嗚尊速、素戔男尊、素戔嗚尊、須佐之男命)
スサノオは、父イザナキの言うことを聞かず母であるイザナミに会いたいと黄泉の国へ行こうとしたので、
イザナキはこれに激怒し地上世界から追放します。
子を思う父と母を恋しがる息子の切ない話といった感じでしょうか。

スサノオは、地上を追われると姉のアマテラス(天照大御神)に別れを告げるために会いに行くのですが、
アマテラスは、スサノオが自分のいる高天原を奪いにくると勘違いして武装して待ち受けていました。
スサノオは、必死で誤解を解こうとしたのですが、アマテラスはどうしても信じられなかったのです。
弟とはいえ日頃の行いが良くなかったのでしょう。

スサノオの姉 天照大神

スサノオの姉 天照大神

スサノオは八坂神社、天照大神は伊勢神宮です。
なんとか姉に信用してもらったスサノオでしたが、
高天原にしばらく居座ると、傍若無人な振る舞いが出てきてしまいます。
田を荒らし、馬の皮を剥いだ馬を機織り(はたおり)小屋に投げ入れる悪さをしました。

これに驚いた織り女が、近くにあった尖った道具に刺さってしまい死んでしまうという悲劇が起こります。
この様子を目の前で見ていたアマテラスは、スサノオが怖くなり天石屋戸に引きこもり出てこなくなります。
太陽の神アマテラスがいなくなったので、次第に大地が闇に包まれてしまいました。

ヤマタノオロチ

ヤマタノオロチ

楊洲周延画 ヤマタノオロチ
アマテラスの話の続きはここでは割愛します。この事態にスサノオは高天原からも追放されてしまいます。人間界に降り立ったスサノオはその道すがら泣いている老夫婦に会います。「なぜ泣いているのか」とたずねると老夫婦は、「娘を八岐大蛇の生贄にされることが悲しい」と泣き続けました。そう、この生贄にされそうになっていた娘がスサノオの妻クシイナダヒメノミコトになります。
スサノオはクシイナダヒメに一目惚れしていたのです。ここから、暴れん坊のスサノオの姿が英雄へと変わっていきます。八坂神社に祀られているヤハシラノミコガミは、二人の子供になります。父になったスサノオの英雄伝はこれだけではありません。

スサノオと祇園祭

蘇民将来子孫也(そみんしょうらいのしそんなり)
八坂神社御祭神、スサノヲノミコト(素戔嗚尊)が南海に旅をされた時、一夜の宿を請うたスサノヲノミコトを、蘇民将来は粟で作った食事で厚くもてなしました。蘇民将来の真心を喜ばれたスサノヲノミコトは、疫病流行の際「蘇民将来子孫也」と記した護符を持つ者は、疫病より免れしめると約束されました。
祇園祭とは、このお話から疾病を鎮めるための祭礼として始まったそうです。
祇園祭の疾病退散の目印として「蘇民将来子孫也」と書いたものを見に付け、
スサノオのご利益があるお守りとしてチマキを玄関につけるならわしが残っています。
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前祭の巡行で京都の町中の穢れを払い、それから八坂神社の神様をお神輿で町にお迎えします。そして1週間後、後祭でもう一度 巡行で穢れを払い、神様を神社にお返しするのです。
(お神輿で神様をお迎えする行事を「神幸祭」、お返しする行事を「還幸祭」といいます)
この神話を思い浮かべながらスサノオに会いに京都八坂神社と祇園祭を見に行ってみてはいかがでしょう。

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