「真田丸」で有名な真田幸村!ゆかりの地を訪ねよう

2016年1月10日から12月18日まで放送された大河「真田丸」。堺雅人さんが扮する真田幸村の生き様を描きました。これにより、真田幸村ブームが起き、ゆかりの地を巡る人々が増えています。今回は真田幸村のゆかりの地として有名なところをご紹介します。

大河「真田丸」で有名な真田幸村とは?

真田信繁 - Wikipedia (1813)

真田幸村は本名を「真田信繁」と言います。
豊臣側について大阪夏の陣で不利にもかかわらず、
敵である徳川本陣まで果敢に攻め込んだ活躍により、勇敢な武将として後世まで語り継がれるようになりました。
多くの小説やテレビドラマ、映画などで登場しているので、
歴史にあまり興味が無い方でも、知っているかもしれませんね。
その人柄は残っている記録によると、物腰が柔らかく静かで怒ることはほとんどなかったとされています。
戦国武将というと激しい気質を持った方を想像してしまいますが、真田幸村は全然違う落ち着いた方だったようですね。

真田幸村ゆかりの地を訪ねよう

どのような人だったのか少しでも感じるためには、その人ゆかりの地を訪ねてみるのも良いですね。
すべてではありませんが、真田幸村ゆかりの地をご紹介します。
ちなみに、大河「真田丸」で知名度が上がりましたが、真田幸村ゆかりの地なら長野県上田市が有名になっています。
もともとは戦国時代に真田幸村の父である真田昌幸が築いた、上田城を中心として栄えた城下町だからです。
そのため、たくさんの真田幸村ゆかりの場所がありますよ。

真田幸村の父が築いた上田城

信州上田観光ガイド 上田城の紹介【上田観光コンベンション協会】上田城マップ 南櫓・北櫓・東虎口櫓門 西櫓 真田石 けやき並木遊歩道(二の丸堀跡)尼ヶ淵|長野県上田市の大河ドラマ真田丸で知られる上田城 (1259)

天正11年(1583)真田昌幸によって築城された上田城は、第一次・第二次上田合戦で徳川軍を二度にわたり撃退した難攻不落の城。春は上田城千本桜まつり・秋には上田城けやき並木紅葉まつりが行われ、現在は信州上田真田丸大河ドラマ館が併設しており、信州上田の主たる観光地として観光客でにぎわいます。
上田市の中でも、上田城は一番の観光スポットになっていて、たくさんの人々が訪れています。
唯一江戸時代から現存している、「西櫓」は長野県宝にも指定されているんですよ。
西櫓はいつでも見学できるわけではありせんが、一般公開されている場合もあるので調べてみましょう。
また、上田城の特徴で隈おとしも、見落としやすいですが見ておきましょう。
本丸の北東の方向は鬼門のために、土塁の隅を刈り込んでいるので、独特の水路になっているんですよ。
ちなみに、上田城自体は公園なので無料で入場することができます。
ただし、公園内にある施設は入場料が必要なので注意してくださいね。

上田城本丸跡にある真田神社

真田神社の紹介 | 真田神社 (1601)

上田城本丸跡に鎮座する当社は、真田氏、仙石氏、松平氏という歴代の上田城主を御祭神としています。
しかし、もともとは松平家の御先祖をお祀りする御宮であり、松平(しょうへい)神社と称していました。
大河「真田丸」の放送によって、人気スポットになっているのが真田神社(眞田神社)です。
この神社は上田城本丸跡にあり、真田父子を主祭神として祭っている神社なんですよ。
境内には下の写真のように、真田幸村がつけていたという真っ赤な真田幸村公大兜があるので、ぜひ見てくださいね。
また、御守りやご朱印帳も売っており、真田家の家紋である六文銭が入っているのでお土産に最適です。
真田神社の紹介 | 真田神社 (1604)

真田氏歴史館

真田氏歴史館 | ウエダモヨウ 信州長野県上田市の情報発信サイト (2295)

 真田氏歴史館は、戦いの足跡や武具甲冑など真田一族に関する資料が展示された資料館です。
 戦国の激動の世を生き抜いた真田三代の足跡を辿り、真田三代の活躍に思いを馳せてみませんか

観覧料
一般250円、高等学校以上の生徒・学生160円、小中学校の児童・生徒100円
団体観覧料(20名以上)一般200円、高等学校以上の生徒・学生120円、小中学校の児童・生徒80円
障がいのある方及び介助者は無料になります。
上田市内に居住する小中学生、高校生は無料になります。
開館時間
午前9時から午後4時まで
【休館日】
毎週火曜日(火曜日祝日の場合は翌日)

真田幸村と直接関係あるわけではないものの、父である昌幸や兄である信之など、
真田一族に関係する物が展示されている歴史館です。
精巧に復元した、それぞれが身につけていたとされる甲冑や旗など見どころがたくさんありますよ。
幸村だけでなく、真田という一族はどのような人々だったのか、多くの展示品から想像してみましょう。

幸村の兄、信之が城主だった松代城跡

松代城跡|施設のご案内|真田宝物館 (1783)

 江戸時代、真田氏が松代藩主となると、松代城を中心に真田10万石の城下町が発展しました。明治の廃城にともない建物が壊されたため、長い間石垣を残すのみでしたが、1981(昭和56)年、新御殿(真田邸)とともに国の史跡に指定されました。その後、長野市により環境整備工事が行われ、2004(平成16)年に櫓門・木橋・石垣・土塁・堀などが復元されました。
松代藩を治める、真田信之が住んだのが松代城です。
幸村は豊臣勢に味方しましたが、兄である信之は徳川勢に付き兄弟で戦いました。
正直なところ幸村自身とは直接関係ありませんが、その後に真田信之の子孫が代々松代藩を治めているので、
真田家の子孫がどうなっていったのかを知るのに松代城跡を見てみましょう。
ちなみに、真田幸村の子孫もいて、こちらは幸村とともに戦死する方も多い中で、
伊達政宗がぎりぎりのところで娘と次男を助け出したという話が伝わっています。
そのため、仙台真田家と言って宮城県には、今でも真田幸村の子孫の方々がいらっしゃるそうですよ。

まとめ

真田幸村のゆかりの地まとめはどうでしたか?
観光スポットとして整備されていて、訪れやすい場所を中心にご紹介しました。
大河「真田丸」でブームになっているため、多くの人々が訪れていて行く場合は混雑などにご注意くださいね。
真田幸村とはどのような人で、真田家はどうなっているのか色々見てみて肌で感じてみましょう!

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