奥州藤原氏ゆかりの中尊寺金色堂って?その概要と見どころ

岩手県の平泉は12世紀、奥州藤原氏の治める土地として栄華を誇っていました。その代表とされるスポットが中尊寺金色堂です。世界遺産に認められたこのお寺はなぜ建立されたのでしょうか?その見どころと、パワースポットとしてのご利益も見ていきます。

中尊寺ってどんなお寺?

中尊寺は、岩手県の平泉町にあるお寺です。
奥州藤原氏ゆかりの寺院として知られていますね。
2011年に世界遺産に登録されたことでも有名で、東北の一大観光地にもなっています。
仙台から新幹線で30分、高速道路で1時間程度とアクセスも良好なので、東北旅行で訪れる方、これから訪れたい方も多いのではないでしょうか?
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中尊寺は嘉祥3年(850)、比叡山延暦寺の高僧慈覚大師円仁によって開かれました。

その後、12世紀のはじめに奥州藤原氏初代清衡公によって大規模な堂塔造営が行われました。

清衡公の中尊寺建立の趣旨は、11世紀後半に東北地方で続いた戦乱(前九年・後三年合戦)で亡くなった生きとし生けるものの霊を敵味方の別なく慰め、「みちのく」といわれ辺境とされた東北地方に、仏国土(仏の教えによる平和な理想社会)を建設する、というものでした。

中尊寺と奥州藤原氏の関係って?

中尊寺は、当時「みちのく」と呼ばれていた東北地方に逃げ延びてきた奥州藤原氏の手によって再興されます。
戦乱に明け暮れてたどり着いた東北の地、藤原清衡には、中尊寺に込めた願いがありました。
清衡は奥州藤原氏の初代であり、その後100年に渡り栄華を誇る
奥州藤原氏、並びに平泉の基礎を作った人物です。

幼い頃に父を失い、その後の戦いで弟を失い(後三年の役において
敵味方に別れて戦い、結果的に殺してしまった)ました。

その経験から中尊寺を建立。
戦のない平和な世界を作ろうとしました。
それが浄土思想と言う形で受け継がれていきます。

平泉は奥州藤原氏によって100年の間栄えていましたが、源頼朝に攻め滅ぼされます。
その後中尊寺は後ろ盾を失い、荒廃していた時代もありました。
松尾芭蕉が「奥の細道」でその荒廃ぶりを書いていますね。
明治時代になってから本堂が再建され、修理が施されて、今に至ります。

今や世界遺産!中尊寺金色堂

中尊寺金色堂といえば、近年世界遺産に登録されたことでも有名ですよね。
平安時代から続くお寺で、金ピカで荘厳。確かにそれだけでも世界遺産に選ばれて不思議はないでしょう。
ですが、世界遺産になった理由はそれだけではないのです。
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金色堂は中尊寺創建当初の姿を今に伝える建造物で1124年(天治元年)、奥州藤原氏初代清衡公によって上棟されました。数ある中尊寺の堂塔の中でもとりわけ意匠が凝らされ、極楽浄土の有様を具体的に表現しようとした清衡公の切実な願いによって、往時の工芸技術が集約された御堂です。
中尊寺建立供養願文には、戦いの無い世の中を作り、平和を願う気持ちが込められています。
この平和思想が、世界から認められたと言えるのではないでしょうか。

中尊寺金色堂にはこんなご利益が!

中尊寺金色堂は一つのパワースポットとしても知られ、世界遺産に登録される前から県内外、国内外を問わずたくさんの観光客が訪れていました。
金色堂のまばゆい輝き、やはりご利益は金運でしょうか?
もちろん金運もあるのですが、実はそれだけではありません!
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金色堂をはじめ、「金」の気に満ちており金運アップに効果的。
金色堂に代表されるように、金のパワーに満ちたスポットで、金運や人間関係の向上にご利益があるんだとか。
ご利益がちょっと変わっていて、目にご利益があるとのこと。全国的にも珍しい目のお守りを購入出来るのも、中尊寺の中でもここだけですので、旅の記念にも、お土産にも良いかもしれません。
人間関係の運が向上し、進むべき道を示し、判断力も冴えるご利益があるため縁結びにも一役かってくれそうです。

おわりに

いかがでしたでしょうか。
中尊寺金色堂は、奥州藤原氏とともにあった栄華から、長らく荒廃の時代も経てきたスポット。
平和への祈りが込められていて、金運だけでないご利益が期待できるのもうなずけます。
東北旅行に、あるいはちょっと元気が出ない時のパワーをもらいに、ぜひ訪れてみて下さいね!

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