静岡の開運スポットは富士山の御利益?家康がまつわる神社も

静岡と言えば、世界遺産に登録された日本一の山である富士山や、天下の徳川家康が老後を過ごした地というイメージがありますよね。そんな静岡の御利益が期待できる開運スポットをご紹介していきます。これにあやかることができれば、いいことあるかも!?

開運スポットとは

よく、開運スポットとかパワースポットという言葉を聞きますが
具体的にはどのような場所のことを指すのでしょうか。

一般的に、良縁に恵まれたいとか、金運アップをとか、漠然と何かを良くしたい、という願いを叶えるための力を与えてくれる場所を開運スポットやパワースポットと呼びます。
また、その力も自然のものや歴史的なものから与えられるのが一般的です。
何百年も前から伝わる建物やお寺や神社といった歴史的なもの、その他に樹木、滝、山などの自然があります。

歴史的に有名な武将がまつられている神社や樹齢の長い大木など有名なスポットは、日本各地にたくさんありますよね。

今回はその中から、家康ゆかりの地であり、日本最強のパワースポット富士山を望む、静岡という地に着目し、静岡にある開運スポットをご紹介していきます。

富士宮浅間大社

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どんなところ?

富士宮浅間大社は富士山信仰をあらわす由緒正しき神社です。
ここには木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやひめのみこと)という神様が祀られています。

歴史は古く、信仰していたといわれる人物は源頼朝や武田信玄、徳川家康と歴史の中でも有名で重要な人物ばかりです。
それほどまでに富士山は畏れられ、その力にあやかろうとしたのでしょう。

富士宮浅間大社で有名な行事は流鏑馬祭と呼ばれるお祭りで、毎年5月に行われています。

流鏑馬(やぶさめ)とは、馬に乗り、その馬が走っている状態のまま矢を放ち的を射るという、聞いただけでもなんとも難しそうな催し物です。

起源

富士本宮浅間社記」によれば、第7代孝霊天皇の御代、富士山が大噴火をしたため、周辺住民は離散し、荒れ果てた状態が長期に及んだとあります。第11代垂仁天皇はこれを憂い、その3年(前27)に浅間大神を山足の地に祀り山霊を鎮められました。これが当大社の起源です。
その後は姫神の水徳をもって噴火が静まり、平穏な日々が送れるようになったと伝えられています。この偉大な御神徳は、万人の知るところとなり、篤い崇敬を集める事となりました。また、富士山を鎮めるため浅間大神をお祀りしたのは当大社が最初であり、全国にある浅間神社の起源ともなっています。

久能山東照宮

どんなところ?

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久能山東照宮はその名の通り、静岡市駿河区の久能という地域に建立されました。

海岸沿いのこの地域には石垣いちごのビニールハウスがずらりと並び、そのシーズンには観光客で賑わっています。

久能山東照宮にお参りする方法は2つあります。
1つは1159段の階段をのぼっていく方法、もう1つは日本平ロープウェイに乗っていく方法です。

もともとは1159段の階段しかお参りする方法がなく、ロープウェイが開通する昭和32年まではこの長い階段をのぼっていったそうです。
数字を見て驚く方も多いかもしれませんが、この階段は勾配が緩いため、比較的簡単にのぼることができます。
足下が石や岩を重ねてできており、コンクリートやアスファルトで舗装されていませんので履物には注意が必要ですが、ぜひのぼっていただきたい場所です。

また、ロープウェイでは、添乗員の方が山から見える風景や、久能山東照宮について、解説をしてくださるので、より深く久能山東照宮について知ることができます。

そして久能山東照宮の一番奥には神廟(しんびょう)と呼ばれる場所があり、そこに家康公が埋葬されていると言われています。

また、久能山東照宮には久能山東照宮博物館があり、徳川家にゆかりのある品が展示されています。

誰が祀られているの?

久能山東照宮は、徳川家康公をご祭神としておまつりする全国東照宮の創祀です。
徳川家康公は、天文11年(1542年)12月26日三河国岡崎城(愛知県岡崎市)にお生まれになり、あらゆる艱難辛苦の末、戦乱の世に終止符を打ち、江戸時代260余年にわたる世界に其の比を見ない「泰平の世」の礎を築かれ、学問、産業、文化の基礎を確立し近世日本の発展に偉大な功績を残されました。
晩年は大御所として駿府城に在りましたが、元和2年(1616年)4月17日、波乱に満ちた75年の生涯を閉じられました。徳川家康公は生前、家臣に対し、自分の死後について「遺体は駿河国の久能山に葬り、江戸の増上寺で葬儀を行い、三河国の大樹寺に位牌を納め、一周忌が過ぎて後、下野の日光山に小堂を建てて勧請せよ、関八州の鎮守になろう」(『本光国師日記』より)との遺言を残されました。
この御遺命により御遺骸を久能山に埋葬し、その地に2代将軍秀忠公の命により久能山東照宮が創建されました。

静岡浅間神社

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静岡浅間神社は静岡の街の中心部にある大きな神社です。

浅間通りと呼ばれる商店街から見える大きな鳥居はその存在感に圧倒される方が多いのではないでしょうか。

境内の中にも歴史的に価値の高い大きな建物がたくさんあり、見応え抜群です。
また、賤機古墳(しずはた)と呼ばれる大規模な古墳の資料などの展示もされており、
静岡の古くからの歴史を知ることができる場所だといえるでしょう。

どんなところ?

●御鎮座
神部神社・浅間神社(二社同殿)及び大歳御祖神社の三社を総称して、静岡浅間神社(通称おせんげんさま)と申し上げる。

神部神社は第十代崇神天皇の御代、約2100年前に駿河開拓の祖神・駿河の国魂の大神として鎮座され、延喜式内社であり、平安時代には駿河国総社となる。『国内神名帳』には美和明神と記され、『類聚国史』に従一位と記載されており、この地方最古の神社である。

浅間神社は延喜元年(901)、醍醐天皇の勅願により富士山本宮より分祀され、爾来富士新宮として国司の尊崇を受ける。

大歳御祖神社は応神天皇4年(273)今から1700年ほど前に、古代この地方の物流の拠点、商業の中心地であった「安倍の市」の守護神として創祀され、延喜式内社であり、『国内神名帳』に正二位奈古屋明神と記され、静岡市の地主神である。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

静岡には徳川家康だけでなく、源頼朝や武田信玄などの歴史的有名人が多数、信仰に来ていたようですね。
是非そのパワーにあやかりたいところです。

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