豊臣家ゆかりの玉造稲荷神社はお笑いの町大阪にあり!

豊臣家ゆかりの神社とされている玉造稲荷神社は、昭和初期の漫才作家である秋田實さん安住の地ということで、秋田實さんの石碑も建てられているということはご存知でしょうか?そこで、玉造稲荷神社についてもう少し掘り下げて調べてみましたのでご紹介したいと思います。

玉造稲荷神社の歴史

玉造神社は、紀元前12年に創祀(そうし)され、西暦588年に改築された、とても古い神社です。
その後、様々な戦により、ほとんどを焼失しましたが、西暦1603年、豊臣秀頼によって再建されたといわれています。
西暦1863年には大坂大火に遭い再び焼失しましたが、明治4年に氏子・崇敬者の手によって再建されました。
昭和20年には第二次世界大戦の戦禍を受けることになりますが、戦後の新憲法により、今の玉造稲荷神社となりました。

交通アクセス

住所:大阪市中央区玉造2丁目3番8号
電話:06-6941-3821

稲荷信仰の由縁

農耕民族である日本人は古来より「米」を命の根源として崇め祀ってきた。
先人達は自然を畏敬し、豊作を願った。
「米」は豊かさの象徴であり貨幣と同じように扱われた。
稲荷神のご利益が主に商売繁昌・事業発展・家内安泰・子孫繁栄とされるのはそれゆえである。
古代の人々にとっての宝であった米は、最古の宝船にも穂の絵が描かれているほど崇拝されていた物であったと考えられます。
今現在においても、玉造稲荷神社の境内には古代米が植えられた水田があり、地域の方々・崇敬者達の手によって育てられています。
そして、収穫されたこの古代米は、こちらの神社に奉納されているそうです。
稲荷信仰 - 玉造稲荷神社 (12206)

境内には豊臣秀頼公ゆかりの史跡がたくさん

豊臣秀頼公 - 玉造稲荷神社 (12209)

戦によって焼失した玉造稲荷神社を再建した豊臣秀頼は、豊臣秀吉と淀との間に大坂城で生まれました。その生涯はたった22年と短いものでしたが、民衆の多くから支持されていた存在だったといわれています。

胞衣塚大明神(よなづかだいみょうじん)

豊臣秀頼公 - 玉造稲荷神社 (12213)

秀頼公と母・淀殿を結ぶ胞衣(卵膜、胎盤など)が鎮まる。胞衣は、母の体から共に生まれ出だしたものゆえ、当時では特に神聖なものとして、また秀頼公の「分身」として扱われた。

縁のひも

豊臣秀頼公 - 玉造稲荷神社 (12215)

豊臣秀頼に仕えた武将・真田幸村ゆかりの真田紐で作られ、家族の縁、親子の縁、男女の縁、主従の縁、仕事の縁など様々な縁の願いを縁のひも〟に記し胞衣塚大明神前〝縁のひも掛け〟に結び祈願する。
画像は縁のひも と 縁のひも掛け。

秀頼公奉納鳥居

豊臣秀頼公 - 玉造稲荷神社 (12218)

慶長8年(1603)3月に秀頼公が神社再興時に奉納された鳥居。
元は本殿正面に位置したが、阪神大震災により一部損傷を受け、上部、脚部に分け現在の場所で保存。

実は千利休ゆかりの地でもあった

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戦国時代から安土桃山時代にかけての茶人として知られている千利休は、豊臣時代には玉造稲荷神社の南側に屋敷を構えていたそうです。この地帯には、玉造清水と呼ばれる良質の水が出るということで、千利休が茶の湯として愛用していたとされています。
利休が生駒山系を眺め茶会を催したとの伝承が残り、利休ゆかりの地・玉造として昭和52年に「千利休居士顕彰碑」も建立された。
平成18年には、同じ水脈であるこの利休ゆかりの井戸を大阪城甲冑隊(代表 河井計実)や大阪府立東住吉総合高等学校の福井一夫教諭や学生の協力のもと当時を偲ぶ井戸が再掘され、現代に甦った。

上方笑いの父『漫才作家:秋田實』誕生の地

 (12311)

現在では『上方笑いの父』と継承される秋田實さんは、明治38年に玉造稲荷神社近くで誕生しました。お笑いの世界に魅了されはじめたのは高校生の頃で、その後、東京帝国大学文学部へと進学を果たし、作家の基礎を身に着けていったとされています。
秋田實さんが漫才作家になるきっかけになったのは、いまや知らない人はいない吉本興業の所属となった、横山エンタツさんとの出会いでした。昭和5年頃に出会い、『萬歳』について意気投合し、漫才の台本を書き、その世界を横山エンタツさんらが膨らませていきました。これが時代を経て引き継がれていき、現在の漫才の基本となったとされています。
吉本興業、新興演芸、宝塚新芸座、松竹芸能、ケーエープロダクションに関わってきた秋田實であるが、前述のように「漫才を誰にでも楽しめる娯楽として育てること」「どのようにして面白い笑いを客に届けるか」を純粋に考えていたからこそ、激動の時代であっても最期まで〝漫才〟と共に歩むことができた。昭和52年(1977)に72年の生涯を閉じる秋田實だが、漫才にかける情熱は、後世へと引き継がれていく。昭和53年(1978)には、秋田實の漫才を引継ぐ漫才師や関係者により、秋田實の安住の地として当神社境内に〝秋田實笑魂碑〟が建立された。
秋田實 - 玉造稲荷神社 (12315)

歴史ある神社で結婚式も

豊臣秀頼ゆかりの地で、上方笑いの父が祀られているこちらの神社でも、厳かな神前結婚式を執り行うことが可能となっています。
国際結婚を玉造稲荷神社で行うカップルもいらっしゃるとのこと。また、一般的な白無垢や打掛といった衣裳ではなく、十二単での挙式もできるようです。
結婚式 - 玉造稲荷神社 (12321)

お笑いの町でお笑いの父に会いにいきませんか?

大坂観光といえば、難波の吉本のお笑いを楽しむという方もいらっしゃるでしょうが、ちょっとその前に漫才の世界を広げたお笑いの父も是非訪ねていただきたいと思います。お笑いの歴史の空気を感じ、今のお笑いの世界にどっぷりと浸ってみてはいかがでしょうか。

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