【埼玉】大宮氷川神社は武蔵国の一宮!そのご利益もすごい!

埼玉県大宮にある氷川神社は関東一帯に広がる「氷川信仰」の中心地。ヤマタノオロチの伝説は「荒川」に例えられ、それを治めた素戔嗚をはじめとする神を信仰しています。そんな氷川神社は関東一の木造の鳥居を構える「大宮」の名前の由来になった神社でもあります。

氷川神社

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2000年以上の歴史をもつといわれ、大いなる宮居として大宮の地名の由来にもなった日本でも指折りの古社。武蔵一宮として関東一円の信仰を集め、初詣には多くの参拝客で賑わいます。
氷川神社名の社は大宮を中心に、埼玉県および東京都下、神奈川県下におよびその数は280数社を数えます。
古来より朝廷や関東の武家とゆかりの深い神社である氷川神社。
明治天皇の東京奠都の際に大宮の氷川神社は武蔵国の一宮となります。

御祭神

御祭神、須佐之男命は天照大御神と月読命とともに伊弉諾命から生まれた三貴子の一神で、八俣大蛇退治など力強く雄々しい神として知られております。
大己貴命は須佐之男命の御子に坐して国土を天孫瓊々杵命(ににぎのみこと)に御譲りになられた国土経営の神です。稲田姫命は須佐之男命の御妃で大己貴命の御母神です。
ヤマタノオロチは洪水の象徴とされ、
関東地方の暴れ川として有名な荒川沿いには素戔嗚を祀る氷川神社が数多く広がります。
これを「氷川信仰」といい、かつては源頼朝をはじめとする関東の武士たちもこぞって信仰したといわれています。

氷川神社は「大宮」の名前の由来

二の鳥居

二の鳥居

氷川神社、所沢山口の中氷川神社、奥多摩氷川の奥氷川神社が
それぞれ、本社・中社・奥社の関係で一直線に並んでいるという。
初詣参拝者数は全国ベスト10に入り、200万人超が訪れます。
埼玉(出雲神語の幸魂・奇魂)、大宮(大いなる宮居)の地名につながる神社でもあります。
県道2号ぞいの「二の鳥居」は高さ13mで、明治神宮より寄贈移築され、現存する木造の鳥居では関東で一番大きいと言われています。
「大宮」の名前の由来は「大いなる宮居」から来たとされ、
関東の一宮である氷川神社が鎮座していることから付けられました。
後述する表参道と合わせて関東における重要な神社であることがわかります。

日本一の直線距離を誇る表参道

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さいたま新都心駅の近く、かつて宿場町(大宮宿)だった旧中山道の分岐点に、一の鳥居があります。

一の鳥居から北にまっすぐ2km続く参道。
直線の参道では日本一の長さで、緑豊かなケヤキ並木が続きます。

氷川神社の参道は中山道から南北に2km伸び、両側に美しいケヤキ並木が並んでいます。昭和初期には鬱蒼とした杉並木で覆われていて「並木十八丁鉾杉つづき」と歌われていました。杉からケヤキに変わったのは戦中、戦後の資材難から伐採された事や、車の排気ガスや振動、地下水脈の低下や歩行者による根元の踏み固めなど複数の要因が考えられます。更に古い時代には参道沿いに松の並木が描かれている絵図がありますので松並木の時代もあったようです。
直線距離で2kmを誇る氷川神社の表参道。
かつては松や杉が並ぶ風景が広がっていましたが、戦後は美しいケヤキ並木の道に生まれ変わります。
江戸時代に大宮周辺を開発する際、かつては中山道の一部でしたが、
恐れ多いとしてルートを変更したという歴史もあります。

見沼の龍神

氷川丸(横浜・山下公園)

氷川丸(横浜・山下公園)

船内の神棚には氷川神社の祭神が祭られ、氷川神社の神紋である「八雲」の紋が装飾に用いられた。
古の神社の東側には、「御沼」と呼ばれた豊かな恵みを育んでいた神聖な湖沼があり、江戸時代に開発された見沼溜井(溜池)は、こうした伝承から神聖なる龍神が棲むと伝承されました。
現在、境内にある神池は、この見沼の名残といわれ、神聖な神池からの湧水は現在も豊富に注がれているのです。
氷川丸は数々の危機を乗り越えた事から強運の船と言われます。危機とは戦時中の3度の触雷、戦闘機からの銃撃、潜水艦との遭遇から生き延びた事、敗戦後に戦後賠償として差し押さえになりそうになった事からも生き延びた事などに由来します。
関東一帯の信仰を集める氷川神社ですが、
素戔嗚の「氷川信仰」をはじめ、龍神にまつわるスポットとして有名です。
氷川神社から名を冠した氷川丸をはじめ、神聖な力が宿るといわれています。
境内には数多くの摂社や末社が広がり、霊験あらたかな神社です。

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